【金沢旅帖7】純喫茶ローレンス その一
今日は、金沢旅行で最も印象が強かった『純喫茶ローレンス』について書こうと思う。
その店で過ごしたたった1時間が、あまりにもたいせつな体験だったのでたいせつにしすぎて、なかなか書けなかった。
『純喫茶ローレンス』は香林坊の109のわきのせせらぎ通り沿いにある。
せせらぎ通りとは、小径に川が流れているからそう呼ばれている。気持ちのいい通り。
このビルの3階がローレンス。
ビルの前に立つと、そこだけ、魔女の館かのような、無言の妖しさと威圧感があります。
時代を感じる看板。
このお店はギャラリーSLANTの方に教えて頂いたお店。もし教えて頂かなければ、こわくて絶対素通りしていたと思う。
暗い階段を上がり、3階の扉を開けると「カラン」。。
優しくもあり、緊張もする「カラン」
そのつぎに、「はあい」と女性のやわらかい声。
店内奥まで進まないと声の主の姿が見えないので、恐る恐る奥に入る。
お店は想像通り照明は暗め。ところどころに橙の灯りが小さく灯っている。
「いらっしゃい、あなた観光でいらしたの?」
いきなりの質問にビクっとしながら「はい・・・」と答える。
「そこの、今女性のお客さんが座ってる席が作家の五木寛之さんが昔毎日のように座っていた席、この黒電話は五木さんが賞(たぶん直木賞?)をとったときに編集部から連絡があった電話です。今も使えます。さあ、お好きなお席にどうぞ。」
どうも、初来店の客や観光で来た客にこの説明を始めにするのが恒例になっているような口ぶりだった。
私はこの店に来る一時間前に偶然、「金沢文芸館 金沢五木寛之文庫」を訪れていた。
だから、「ああ!へぇえ!」と驚いてしまった。
私は一人がけのソファに腰掛けて、メニューを待った。
「こちらメニューです。右半分のページの品はただいま用意できません」
あまりにも自然に説明してくれるので、「はい」と受け入れるしかない。
しばらく悩んだあと、女主人に声をかけると「はあい」と返事をするが、その場を動かない。
「ミルクコーヒーください」
奥にいる女主人に伝わるように大きな声でオーダーする。
「ミルクとコーヒーの割合はいかがなさいます?」
「んーと、ミルク4コーヒー6でお願いします」
「はあい」
ミルクコーヒーがくるまで、店内をジロジロと眺める。
外観のイメージ通り、店内もゴシック調+昭和レトロである。
私が座った席。
やってきたミルクコーヒーと駄菓子。
カフェオレでなくて、ちゃんとミルクコーヒーの味がした。
何が違うって言われても、説明がつかない優しい味。
しばらく私は、この店の不思議さをツイッターでつぶやきまくったり、
隣の五木寛之ソファに座っていた若い女性二人組(たぶん大学生)のだだ漏れ秘密話を拝聴していた。終わった恋のお話をしていた。
わくわく秘密話するにはもってこいの雰囲気。
こんなとき一人旅好きな私もすこしさみしくなる。
時刻は18時をまわろうとしていた。
突然女主人が私たち客に声をかける。
「テレビを付けさせて頂きますね。この時間のニュースは毎日見ておきたいの」
「どうぞどうぞ」
私は目で合図する。
隣の大学生二人は、ここらでお開きとしましょうかという雰囲気になって、そのままお会計をして、店を出て行った。
店にはニュースに見入る女主人と私だけが残った。