「欲」をかんがえはじめる
「実は、食べる時間帯なんてそう気にすることはないんです。ほんとうに食べたいのか、そうでないのかをはっきり意識して食べることが大切。食べたい!食べよう!あぁ美味しい!と心と体が喜べば自然と太ったりしないんです」
と、いうような事を昨夜FMラジオで聞いた。
「食欲がある」と「空腹」がイコールにならないときがちょくちょくある。
意識と身体が合わさっていなくて、どちらに自分を合わせれば正解なんだろうと考えてしまう。
お腹いっぱいなのに何か食べたくて仕方ないとき、お腹ぐーぐーなのに喉に何もとおらないとき、そういう時ってない?と、一緒にラジオを聞いていた彼氏にきくと、ない、と返ってきた。
きっと私だけではないと思うんだけどなあ。
ただ、すっっごく眠くて眠くてでも運転中とか締め切り前とかで寝れない状況の時に睡眠欲を食欲とか他の欲で誤摩化そうと勝手に働く時がある。と、彼は言う。
「欲」の変換??そんなの私はなったことないぞ。
「欲」ってどこかタブーが見え隠れしていて、ほんとうの所在を自分自身であやふやにしてしまっているところがあると思う。ほんとうはあらゆるヘンピな「欲」を潜在的に誰しもが持っているはず。
自分の「欲」と向き合うこと、と、観念だけで生活することを混同しちゃあいけないと思うけど、常日頃の「欲の消化」にもうすこし愛情を注ぐというか花に水をあげるような心持ちを持つことが【日々是好日】にもつながるのかなぁ。
私はなにか強烈な「欲」をもっているのかな。隠しているのかな。
そんなことをぼんやり考えながら、今日は文京や浅草を散策した。
昼食に彼氏と待ち合わせしておいしい天ぷら屋さんに行った。「おいしい天ぷら屋さんの天ぷらはもたれない(だからか、お客は年配のおじさん多し)」「おいしい天ぷら屋さんのカウンターテーブルの木は総じて美しい。」ということが判明した。