【金沢旅帖2】東京の街は雨
「弁当忘れても傘忘れるな」
石川県は雨が多いらしい、というか雨が降らない日が少ないらしい。
出発前日にそんな話をきいて「うっそーん いっやーん」という気分だった。
私は晴天の下で写真を撮るのが大好きなのだ。
曇天や雨天も味があるよね とはまだ素直に言えない。
パーンと照ったお天道様の光を分けてもらって、
ビタミンとかミネラルとかそういうものがまるで浮き出ているようなそんな世界が好きだし、
写真もそういう光を纏った明るさのあるものがお気に入りだったりする。
初めて訪れる街は、晴れていたほうがいい。
出発の夜、私は「行く前に夜ご飯でも一緒に食べよう」と彼氏を食事に誘った。
新宿で待ち合わせて、彼の知ってるタイ料理屋に向かう途中、小雨だった雨粒はだんだんと大きくなっていった。
傘を持たない彼と、傘をささない私は放射性物質をたんまりと含んだ雨に濡れながら東京の街を闊歩した。
人気の疎らな雨の新宿西口では生気のない客引きがみんなどっか遠い目をしていた。
私達がパイナップルの器に盛られたチャーハンとか
トムヤムクンスープとか
エビ春巻き頼んだのに間違えて来たエビさつま揚げを「まあいっか」なんて言ってたらふく食べている間に、
東京の街はいよいよザァザァ降りになっていた。
それなのに「ちょっと散歩でもしよう」と言うので、私はカメラをタオルに包んで、ビニール袋に入れて、鞄につめて、大事に抱えるようにして持って、いよいよ折りたたみ傘を取り出した。
「荷物持つよ」なんて言ってくれて、カメラの入った鞄を持ってくれた。
傘を持たない彼は何もかもずぶ濡れ。
私は腕をいっぱい伸ばして、彼の頭上を覆うようにと傘をさしていたのだけど
傘が小さいのと背が届いていないのもあって傘の意味を成さず、彼もずぶ濡れで、私もずぶ濡れになっていた。
「それならば」とこっそり傘をずらしてカメラの入った鞄を覆うようにした。
彼は知ってか知らずか何も言わず、地下街に潜っていった。
避難するかのように屋根のある場所でしばらく過ごした後、夜行バスの出発時間が迫って来たので再び地上にあがった。
雨の勢いは弱まっていたけれど、まだ雨粒が肌に落ちると、うっとおしいなぁと思う位に降り続いていた。
私がまた腕を伸ばして傘をさそうとしたら
「傘、いいよ」
と私の頭上に戻してくれた。
数メートル歩いて、なんだかそれもなぁと思って、行き場のない傘を鞄の上にさした。
バスは既に到着していた。
私たちは慌てて駆けていった。
添乗員が私の名前を確認すると「では乗ってください」と促した。
私達はほんの少しの挨拶を交わして、私は慌ただしくバスに乗った。
彼の髪の毛が雨で滴っていた。
あ、傘。
振り返って、戻ろうとしたら、もう居なかった。
私はこういうところが気が利かない。
いつも気が付いた頃にはワンテンポ遅くて、役に立たない。
消灯したバスに揺られながら、今一度、ふたりの中の自分を振り返る。
金沢に到着すると、雨はあがっていた。
その後、帰りのバスに乗るまで雨は一度も降らなかった。
二日とも気持ちのよい晴天続きだった。
傘は鞄の底にずっとあった。
今振り返っても、バスの車内から見た彼のずぶ濡れの姿を憶うと、きゅっと痛いものがある。